疑似対位法

Tom Motsuzai

2021年05月26日 09:00

町田市で作曲家やってるTomです。疑似対位法について、大バッハの実例から。

対位法とは、複数の旋律を同時に進行させる方法の一つ。それには、複数の楽器や歌い手が同時にそれぞれことなった旋律を演奏すればよい。もしくは鍵盤楽器なら、右手と左手にそれぞれ旋律を一つずつ(ときにはそれ以上も)あてがって、実現する。

それが疑似的に遂行されるということは、ひとつの楽器で、複数の旋律をあたかも実現しているかのようにきかせるテクニック。

われわれは継起的な音の連なりを旋律として認識している(はず)なのに、そこから飛び飛びに、片方はある旋律、もう片方はそれと組み合う旋律だと認知させる、認識の離れ業。

まずは大バッハのインヴェンション第1番、ハ長調の終止部、右手のみを掲示。



最初の小節はバラバラの音符。次の小節は和音がひとつ。これがどのようにしたら、複数の旋律が遂行している現場とみなせるのか。



上掲のように、バラバラの音符から、高い方の連なりと低い方の連なりを、それぞれ旋律線として分離する。

とりわけさいごの4つの音符は、レ-ド-ファ-シと、はげしい跳躍をくりかえしている(=跳躍進行)。ヒトの聴覚は、となりあう音(=順次進行)を自然な旋律線として、選択的に聴取する。そのためここは、近い音同士のグループ(=旋律)を高い方、低い方にみいだしやすいということ。

バラバラの音符は、低いレから高いドまで、全体で7度の開きがあった。それが;

 高い旋律:ラからドまで、3度の開き
 低い旋律:レからファまで、3度の開き

上下それぞれの旋律は、つぎのようにせまい音程にとどまる動きへと、まとまる。



ところでさいごの和音は、音が3つある。ここは、低い旋律のファが上下方向に、ファ−ソ、ファ−ミとさらに分離したと考えるのが妥当。

いままで2つだった音がさいごだけ3つになるのは、おわりをはなやかに、音量を増すためのテクニック。

以上から、バラバラの音符を2つの旋律として、それぞれの音価を調整すると、以下のようになる。



さいごに、疑似対位法が成立しやすい条件を。

 ・片方の声部が同音でうごかない
 ・あるていどの演奏速度の速さ

今回は、上下両方の声部がうごくケース。