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楽語「ジャズ」からみる音楽受容

町田市で作曲家やってるTomです。戦前の資料から拾った楽語「ジャズ」を通じて、音楽イメージとその受容について、かんがえたい。

『思想警察通論』(1938)の別冊付録、「思想警察常識新語辞典」から(以下『通論』と略記)。

  ジャズ(英 jazz)取りとめのない騒々しい音楽。

『婦人家庭百科辞典』(1937)から。

  ジャズ(Jazz)世界大戦後の焦燥たる世相と共に起った新しい音楽で、(中略)現代人の耳に快適のものとしてもて囃されている。

項目に付された、細字の解説には:「ジャズは発生当時(世界大戦頃)は「騒々しい音楽」と卑しまれたが」と、ある。

発刊年からみても『通論』は、ここから勝手に抜き書いたのだと、思われる。さらに「シンフォニー」や「タランテラ」も『通論』は採録するが、やはり『婦人家庭百科辞典』の項目と、大同小異。

『通論』の目的は、「取締等警察官としての常識と認識並に心構の修得に資せんとして」(日本警察社 1938:はしがき)と、ある。当時の社会情勢を把握するため、「ジャズ」を選択したわけだ。とはいえ、「タランテラ」もまた、その目的に資するのだろうか?

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閑話休題。ここでは「ジャズ」に書きたされた、「取りとめのない」との文言に、注目したい。

書き写しだとすると──「騒々しい音楽」はトーゼン「取りとめのない」ものだろうと、何気なく付されたのだろう。だが、「取りとめのない」との形容は、無秩序を意味する。そこには、たんなる音楽現象にすら、無秩序からはじまる(とかんがえられる)社会騒乱の芽をみとめようとする視線がある。

すると、ジャズをきく人は社会騒乱に親和的だと、音楽からそれをきく人の性向へ、さらには当人自身へと、一歩ずつ転移−実体化していくみちすじがみえる。社会騒乱と、外来音楽のジャズがむすびつけられる──そこには排外主義もかんじとれる。

なぜなら、「彼等は表面合法的手段を利用し裏面に於いて策謀するを常套手段と(日本警察社編 1938:16)」するからだ。だからジャズは、社会騒乱を肯定・支持するメッセージを裏に隠し持つ;そもそもが、事実誤認から導出された偏見だ。それが常識の名の下に、批判的考察をともなうことなく、特別高等警察各員にすりこまれる結果になったのではないか。

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しかしながら音楽の形容に、無秩序ほど似つかわしからぬものはない。無秩序すら音楽にとりこまれると、音楽という秩序のもとに、聴取体験を提供するからだ。

たとえば、「かえるのうたがきこえてくる」なら、かえるから「うた=秩序」をみいだすヒトの耳にこそ、音楽がみとめられよう。聴取とは、主観による体験です。

実際ジャズは、どのように受容されていたか:

  生粋のスウイング・ジヤズを集めた本アルバムは今や白熱的絶賛を受け(東京朝日新聞1937年2月17日、コロムビアの広告)

  ブランスウイツクの最高楽団が演奏した美しいジヤズの名曲集(東京朝日新聞1937年3月17日、コロムビアの広告)

  ジヤズは本場のデツカ盤で!(東京朝日新聞1937年5月21日、ポリドールの広告)

  兵士達は暫くでも休養の時間が与へられるとレコードをむさぼり聞いているのを見かけました。(中略)ヂヤズとまで行かなくても軽音楽といつたところでせうか(東京朝日新聞1939年4月8日、趣味欄、音楽と兵隊)

  アメリカと戦う奴がジャズを聞き
  ジャズ恋し早く平和が来れば良い(「川柳合作」1945年4月当時『戦歿飛行予備学生の手記』)

どれもまさに、「快適のものとしてもて囃されている」。

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音楽が戦争という狂気の時代にも、慰安であったのはまちがいない。それにとどまらず、正気を保つため、軍服を着させられた人々も、ジャズをふくめた音楽に親しんでいたのではないだろうか──国境を越えた人間性への信頼を肯定するゆえに。

参考文献:
日本警察社編『改訂増補 思想警察通論』(1938年、日本警察社)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1462347
三省堂百科辞書編集部編『婦人家庭百科辞典』(1937年、三省堂)(ちくま学芸文庫『婦人家庭百科辞典』上下に復刻)
朝日新聞社編『朝日新聞に見る日本の歩み:破滅への軍国主義I』(1974年、朝日新聞社)
昭和戦争文学全集編集委員会『昭和戦争文学集15死者の声』(1965年、集英社)


タグ :音楽雑記


  • 2021年05月22日 Posted byTom Motsuzai at 11:00 │Comments(0)

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