たまりば

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ラテン語刻文の自由解釈

町田市で作曲家やってるTomです。ゆずってつかう:指輪で紹介した、ラテン語刻文「SIMVL ET SEMPER」を、よみとく。

刻文のある指輪は、posy ringと呼ばれる。ポージーリングとはどういうものか、V&A美術館の解説を引用しよう。

愛情表現のほか、どんな機会に利用されたか;

http://collections.vam.ac.uk/item/O118129/ring-unknown/

  Rings with inscriptions were also given to friends or used to mark significant occasions.
  刻文のあるリングは友人へもあたえられ、たいせつな機会にさいしても、用いられた。

刻文はどの言語で;

  , and were written in Latin but more commonly in French, (...) Both these languages were spoken and understood fairly widely by the elite in medieval Europe.
  ラテン語、だがよりひんぱんにフランス語(中略)どちらも、中世ヨーロッパのエリートたちのほうが若干広汎に理解し、もちいた。

刻文はどのようにえらばれたか;

  goldsmiths had reference books of stock phrases; the more unusual inscriptions perhaps indicate a client's individual request.
  金細工師はフレーズ参照の本をもっていた;通常みられない刻文は、顧客個人の要求だったのだろう。


さて、刻文「SIMVL ET SEMPER」は、3語で構成。

 simvl=おなじ
 et=そして
 semper=つねに

どの語も、いみは明瞭。しかし動詞は、ない。

愛情表現のことばではない。カップルが贈ったものではなさそうだ。

友情をしめすことばでもない。友人からでもなさそうだ。

また、キリスト教に関連する文言でもない。「慈愛」とか、神とか。

以上の点から、顧客個人(中世ヨーロッパエリート)の要求だったかと。

刻文解釈は、SUWAさんがしめすように、これを指輪をしている当人の心的状態にひっかけると、「平常心」となる。

また、指輪をしている当人への命令とすると、「BE YOURSELF」ともなる(←このみ)。


だが、アンカットダイヤモンドがセットされている点に、着目してみたい。

アンカットとは、採掘から、いっさいの手がくわえられていないこと。

そして、研磨がひじょうに困難で、経年変化をこうむらないのが、ダイヤモンドの特性。

すると、「おなじ・そして・つねに」とは、アンカットダイヤモンドの商品説明とも、とらえられる(←夢がない)。

もしくは、アンカットダイヤモンドそのものが、「わたしは(経年変化せず)つねにおなじです」と、いっているとも(←文学的)。

セットされているのが不定形ではなく、自然の正八面体だからこそ、形状の不変が、より視覚的にきわだつ。


ところでBE YOURSELFは、ある時点での「おのれ」というものに、みずからを定着・固定するものではない。

そうではなく、「おのれ」というものをさらにみずから足らしめる、時間軸上の発展・成長がある。

ことばをかえると、死によって閉じられることで、原理的に到達できない、個人の完成=個人主義が、そこにはある。

個人主義を称揚した、オスカー・ワイルド『社会主義下の人間の魂』(1891)には、次の一節がある;

  「汝自身を知れ」と古代世界の入口には書かれていた。新世界の入口には、「汝自身であれ」と書かれるであろう(ワイルド 1989:316)」。

そこではまさに、「'Be thyself'(=yourself)」と、記されている。

みずからと、その完成に徹底的にこだわる美学信念。

この指輪、オスカー・ワイルドもしてたんじゃないかしら。

***

  われわれの社会は限りなく複雑となって、古代世界のどんな社会よりもはるかに大きい贅沢と貧困の両極端を示すからである(ワイルド 1989:316)。

当該エッセイの執筆から、ちやうど130年。超格差社会の現代は、宇宙旅行を個人がペイするほど、さらにその両極端を、確実におしすすめております。

Oscar Wilde "The Soul of Man under Socialism" in The Soul of Man under Socialism& Selected Critical Prose. (Penguin Classics, 2001), 125-160.
オスカー・ワイルド「社会主義下の人間の魂」西村孝次訳『オスカー・ワイルド全集』4(東京:青土社,1989年),305-347.  


  • 2021年11月18日 Posted by Tom Motsuzai at 11:00Comments(0)

    ハブラシからمسواكへ

    町田市で作曲家やってるTomです。もったいない製品の代表、ハブラシ。



    先端2センチがかるくくたびれてきただけで、プラスチックの本体ごと廃棄。

    そのうえ機能性を喧伝して、どれほど多種かつ、多色で生産されていることか。

    くたびれたものの掃除用には、なんの効果もない。


    タイトルのمسواك=ミスワークは、アラビア語でハブラシ。またはسواك=シワークとも。

    写真はالأراك=アラークという木から(これも!)、きりだした枝。学名は、Salvadora persica

    外皮を1センチていどけずりおとし、水分でやわらかくすると、なかの木質部がハケのようにばらける。

    これがハブラシ。

    前項わらほうき自作でも言及したように、くたびれてきたらカット。さらに外皮をけずって、えんぴつのようにチビるまで、つかいきれる。  


  • 2021年11月16日 Posted by Tom Motsuzai at 11:00Comments(0)

    わらほうき自作

    町田市で作曲家やってるTomです。シンプルなわら製品、わらほうきを自作。



    第48回町田市農業祭で、わら細工体験。

    ひとまずもうしこみだけして、ふたたび会場にかおをだすと。

    そこにてておやと、めいっこがたっていた;しめしあわせたみたく。

    コッソリわるいことはできねえなと(←どこがじゃ)。


    まずは、今年収穫された地元産もち米のわらから、穂先だけをぬく。何十分かけて、わらほうき一本分ですら、ままならない。

    じゅんびしてくれたものをたいりょうにくわえて、ようやっとかたちになる。だから、体験。

    これが既製品だったら、価格設定はいくらにしなけりゃならないか。

    それはさて、もち米がのこってるのが、ごあいきょう。

    くたびれてきたら、すこしずつ先端をカットしよう。そしたらながもちする。

    自作もまた、モノに愛着をわかせるんだな。


    そして、稲わらが黄金色とは、みにつけたK22とならべてなっとく。ゆずってつかう:指輪参照。  


  • 2021年11月15日 Posted by Tom Motsuzai at 11:00Comments(0)

    じぶんごとの1.5度

    町田市で作曲家やってるTomです。気温上昇への人類の寄与に、はどめを。

    https://digital.asahi.com/articles/ASPCG23G8PCFULBJ008.html

    「これまで」と、「これから」をつなぐ位置にいる、いまのわれわれ。どの時点でも、生きるとはそういうこと。

    これからを変えるためには、いまのチョイスをよりよいものに変えること。

    これまでどおりの現状黙認は、これからを不可逆的に非−利する、非倫理的な選択肢。

    1.5度という世界目標は、積極的なこれからの人類への意思表示でもあるだろう──現状への危機認識に端を発したとはいえ。

    かんきょうがかわる。さんぎょうをかえる。


    原子力にいたっては、100,000年後の人類にまで、人体ならびに環境(=地球)に有害なコストを強要する。

    廃棄できない核のごみは、すでに日本で2ヶ所、一時貯蔵されている。このコスト、だれが負担してるの?

    https://www.numo.or.jp/q_and_a/faq/faq100009.html

    そして、まだみぬこれからの人類は、原子力を是としてくれるだろうか。

    過去へのタイムワープの可能性について、最新の知見は;

       自分と同じような人間がワームホールを通って過去に戻る状況を思い描き、それに基づいてパラドクスを論じるのは、根拠の乏しい憶測でしかないのである(吉田 2020:194)。

    ↑ほっ。

    吉田伸夫『時間はどこから来て、なぜ流れるのか:最新物理学が解く時空・宇宙・意識の「謎」』(2020年、ブルーバックス)。  
    タグ :モノ雑記


  • 2021年11月14日 Posted by Tom Motsuzai at 12:00Comments(0)

    〜人のハーフまたは日本人のゼロ度

    町田市で作曲家やってるTomです。

    フィリピン人のハーフってかわいいの?」2021年11月某日、19時40分すぎ、街中で男子高校生ふたりの会話。

    会話で言及された女性(断定)には、「かわいさ」つまり、男子高校生のめをひくものがある。

    それは、生まれによって決定されている。

    生まれを差異づけるには、国境が有意味である。

    ハーフだから、両親(=ふたおや)のどちらかは日本人。

    ハーフ属性は、かわいさに寄与する(し、それを肯定的に検証している)。

    日本人のかわいいも、ジェンダー問わず、存在する。

    だがその際、「日本人ってかわいいの?」とは、言及されない。「あの子/あいつかわいいの?」で、すむから。

    ここからわかるのは、みずからをふくむ属性としての日本人は、言及に値しないこと。これを日本人のゼロ度と呼びたい。


    2004-06年に生活していた南米のパラグアイには、日系人がいる。トーゼン、属性はパラグアイ人。

    すると、「あの日系人(=descendiente japonés)カッチョよい」となる(一世をのぞく)。認識上は。韓国系なら「あのコレアーノ(=coreano)カッチョよい」。アラブ系なら「あのアラベ(=árabe)(以下略)」。

    くりかえすが、それでもだれもがパラグアイ人。オイラみずからの属性、日本人との対照は、つねに意識されている。

    ことばをかえれば、「あのハポネス(=japonés)カッチョよい(←例)」と他者には、みられていることをしっている。ゼロ度としての日本人は存在しない──すくなくとも当時の俺にとっては。

    それは帰国してからも、つづいている。「あの日本人スゲエ****(←自粛)」と、みなすということ。

    もちろん実際上は、いちいち国境を気にしないほうがおおい。川むこうがアルゼンチンの都市、エンカルナシオンに住んでたから、きいてみたらアルゼンチン出身だったり。

    スペイン語(もしくは日本語)で会話が成立しているのに、相手一人ひとりの両親(=ふたおや)の出身などを、いちいち確認する意味がない(註)。


    ともかく「ハーフ」表現には、みずからの属性をゼロ度とする認識がうかがえる。上述の高校生のように、個人レヴェルで。さらに、「ハーフ」タレントがいるように、集団レヴェルでも。

    「ダブル」表現は、当事者からの主張。しかしながら日本人のゼロ度は、うけとめるがわの問題。

    どうしたら大方の日本人に、そのおもいかえしをもたせられるかは、別の戦略が必要ではなかろうか。

    註:相手の出自をかろんじて、ではないことに、注意。  


  • 2021年11月12日 Posted by Tom Motsuzai at 11:00Comments(0)

    『「木」から辿る人類史』または樹木のシンパ

    町田市で作曲家やってるTomです。楽器(=聴覚)、紅葉(=視覚)、漆器(=触覚)、森林散策(=嗅覚)、果実(=味覚)。

    手にとどく範囲の利用であっても、ヒトの五感を満たす、樹木の可能性。

    ローランド・エノス『「木」から辿る人類史:ヒトの進化と繁栄の秘密に迫る』(2021年、NHK出版)。

    それのみならず、いまや木材はハイテク建築材として、高層ビルディングすら可能にしている。ミニチュア模型ではなく。

    ハイテク建築材は、木片をよせあわせて形成する。その集成材について、エノスは次のように説明している。

      切り出した厚板から作るために見た目が美しいだけでなく、大きな特徴として、安価な短い厚板を何枚も接着することでほぼどんな形の桁梁や板でも作ることができ、樹木の大きさに制約を受けない建築物を建てることができる(エノス 2021:298)。

    同時に、コンクリートがもたらす二酸化炭素排出の削減にも、貢献するという。

      世界中の二酸化炭素排出量のうちコンクリートの寄与が約五パーセント(中略)、木材を使って未来の世界を構築すれば気候変動の抑制に大きく貢献できるはずで(エノス 2021:335)、

    まさにテクノロジーの恩恵が、21世紀を(も)バラ色にするかのようだ。味気ないコンクリートから、樹木とヒトとの、あらたな蜜月。


    ところが。木材への超魅力的な回帰は、あらたな環境破壊の礎となる──さらなる木材需要を喚起することで。

       ハイテクを用いるもう一つの欠点は、木材の需要がさらに増えて、(中略)破壊的な伐採と植林を拡大させてしまう(エノス 2021:336)

    テクノロジーがいまの世界を、さらに資源消費型の生活へと駆り立ててしまう。根源的な矛盾。

      いくらハイテクで取り繕ったところで、私たちは際限のない経済成長へとますます盲目的に突き進んで、さらなる環境破壊を引き起こすだろう。すでに林業は、土地をめぐって農業や自然保護と競合せざるをえなくなっている(エノス 2021:336)。

    けっきょく問題は、つねに同一地点へと、回帰する:『人新世の「資本論」』またはラディカルな転回でとりあげた、脱成長へと。

    それは縄文時代ほどではないかもしれないが、やはり、ささやかな生活であるかもしれない。つぎのように。

      出来合いの製品を次から次へと買いあさるのはやめて、シンプルな木製品を何点かだけ買ってくるか、できれば自分で作るようにしたらどうだろうか?(エノス 2021:344)


    渾身の、朽ちて消失する樹木からみなおす、ヒトの通史=人類史の刷新。

    そのかたわら、ラディカルな脱成長が、五感と木とのコミュニケーションがもたらす効用の強調で、ごくしぜんに提唱されている。

      みんな、紙の本の手軽さと手触りが好きなようだ(エノス 2021:302)。

    ↑たしかに。  
    タグ :読書雑記


  • 2021年11月11日 Posted by Tom Motsuzai at 11:00Comments(0)

    和声の勉強会のお知らせ

    町田市で作曲家やってるTomです。こんどは和声の勉強会のおしらせ。

    https://okesen.snacle.jp/event_profiles/detail/128

    ピアノのれんしゅうでだれもがとおる曲集、ブルクミュラーOp.100『練習曲集』。全25曲から1回に1曲ずつ、各回完結で、和声分析を中心にすすめます。

    開催はオンラインでも、実地でも。それぞれの日程は、上記リンクより、ご確認ください。

    どの回から参加してもよし、つづけるとなおよし。

    コードネームのその先がしりたい方、じっさいの作品を1曲まるごと、分析してみましょう。

    イントロのつくりかた、曲のしまいかた、転調のやりかた等、いくらでも和声に関連したテクニックがわかるようになります。  
    タグ :勉強会


  • 2021年11月10日 Posted by Tom Motsuzai at 11:00Comments(0)

    作曲を学ぶ&楽しむ会のお知らせ

    町田市で作曲家やってるTomです。毎月開催、作曲を学ぶ&楽しむ会のおしらせ。

    今回で19回目。しめきりは11月30日。

    https://sakkyoku.ensemble.fan/correction-19/

    2小節の旋律課題を出します。それを利用して、16小節ていどの小品にまとめるというもの。

    今回の旋律はイ短調、4分の4拍子。

    メロディを8小節にかきのばして、かんたんなピアノ伴奏をつけたていどでもオーケイ。

    メロディはもちろん、作品をまとめる作業には、個性がソックリでます。編成も問いません。

    やってみるとわかることが多々ある。タイトルひとつでも、応募者の世界感が表現されてて、◎。

    応募作品に、寸評つけます。そのあとZOOMを使った質問会を、任意参加で開催(別料金)。

    あそびのつもりで、まずはじめてみよう。  
    タグ :勉強会


  • 2021年11月09日 Posted by Tom Motsuzai at 11:00Comments(0)

    「名演」インフレ:あるコンサート評

    町田市で作曲家やってるTomです。今回は、「名演」を飛ばしつづける音楽評論家、片山杜秀氏のコンサート評を分析してみよう。

    朝日新聞のクラシック音楽新盤紹介では、ここ5年間に7回、「名演」を飛ばしている。コンサート評で2回の、合計9回。


    もはや耳にし得ない、過去の音楽パフォーマンスをどうやって紙上に再現するか──ことばで。

    https://digital.asahi.com/articles/DA3S14992777.html

    素材は、2021年7月17日、トッパンホールにおける川口成彦氏のピアノリサイタル。

    それが次のように、ひたすら漢字だらけ、漢語のオンパレードへと、変換される。

     諸君
     脱帽
     評言
     幾重
     冒頭
     廃墟
     欧州
     奔放
     憂鬱
     亡霊的音楽
     自家薬籠中
     疾風怒濤
     霊妙夢幻
     感覚美
     思索
     可哀想
     光彩陸離
     名演
     大団円
     脱帽(リプライズ)

    全体で700字強。

    川口氏の演奏との、ことばによる対位法。または、パラフレーズ。または、トランスクリプション(←音楽用語の羅列)。

    結果として、これだけの漢語(と、それを身につけるまでにいたった彼の経年努力)ばかりが、徹頭徹尾、全面に立つことになった。

    ここからは、片山氏をおおいに熱狂させたパフォーマンスだったらしいことはつたわってくるが、それは、片山氏による言語構築物として(「脱帽」との、非日常言語をくりかえすように)、われわれの眼前に提供される。川口氏の演奏は、後景に退いている。


    言及されているのは;

     ・シューマンの語ったショパンへの評価
     ・使用されたピアノと製作年代
     ・楽器の素材と演奏特性
     ・川口氏の演奏特性
     ・プログラム(=演奏曲目)紹介
     ・作曲家紹介

    コンサートなのに、演奏に関する評言がきょくたんにすくない。


    漢語の弊害として、門外漢(あ、)の排除に、即つながってしまう点。

    クラシック音楽のコンサートでは、内輪のなわばり意識じみた「ブラボー」が、やたらとびかう。

    それとおなじ「門外漢おことわり」を、この自己陶酔テクストは、強化しているとおもえる。  
    タグ :音楽雑記


  • 2021年11月08日 Posted by Tom Motsuzai at 11:00Comments(0)

    「名演」インフレ:緒論

    町田市で作曲家やってるTomです。大仰なことばの大安売り、「名演」。

    名演奏、名演技、名口演など、さまざまな演目をふくみ得る短縮表現として、「名演」は、ジャンルを問わず多用されている。

    2016年11月8日から2021年11月3日まで、ここ5年間の用例を、朝日新聞のオンラインアーカイヴより、ざっとぬきだしてみた。

     クラシック音楽記事:20
     クラシック音楽新盤紹介:20
     映画:15
     吹奏楽(含コンクール):11
     ポピュラー音楽記事(含海外):9
     歌舞伎:7
     クラシック音楽訃報:6
     演劇:6
     落語:6
     宝塚:4
     講談:3
     アニメ:2
     能狂言:2
     文楽:2
     フィギュアスケート:1
     俳優訃報:1

    ジャンルはいうにおよばず、物故者、老若男女問わず、「名演」大安売りの現状が概観できる。執筆者も、男女を問わない。


    われわれが注目したい、音楽における「名演」用例は、10代の日本人男女による吹奏楽コンクールの演奏から、ザ・ローリング・ストーンズのドラマーの録音まで。

    「名演」との判断は、執筆者個人が聴取した結果における感想(それが録音であっても)。あきらかに客観的指標ではない。しかもそれは、数十年前の経験ですら、ありうる。

    なぜ、たんなる「演奏」としないのか。


    とはいっても、それが絶対的な指標として、評者のそれまでの音楽聴取経験(と、ねがわくばその理解)の多寡に応じて、一定ていどの説得力をもつのは否定しない。このコピペ時代にあっても、統計上の多少が客観的価値/評価になりうるとも、みとめられる。

    しかしながら、そうであっても「盛りすぎ」との印象はぬぐえない。すなわち「名演」インフレ

    なかでも、クラシック音楽の新盤紹介における多用が、際立っている。

    担当は4名とも、中年以上の男性筆者。なかにはオイラが大学院でおそわった方も(金澤先生、、)。

    この項つづきます。  
    タグ :音楽雑記


  • 2021年11月07日 Posted by Tom Motsuzai at 11:00Comments(0)